記紀が「神意に基づく大和統一・橿原即位」として描く神武東征を、九鬼文書は「出雲系・土着の王権への天孫系による武力侵攻」として解釈する。神武天皇が大和平定の際に激しく抵抗した「長髄彦(ながすねひこ)」は、記紀では「排除されるべき敵対者」として描かれるが、九鬼文書は長髄彦を「出雲系の正統な地方王権の守護者」として捉える。
さらに九鬼文書は長髄彦の兄「安日王命(あびおうのみこと)」に関する驚くべき伝承を含む。神武東征に敗れた安日王命は一族を率いて北方へ逃れ、津軽(青森県)へと亡命したというのである。この記述は、東北の「東日流外三郡誌(つがるそとさんぐんし)」と呼ばれる別の古史古伝とも共鳴しており、縄文文化・東北の古代史との関連を示唆するものとして一部の研究者に注目される。
また九鬼文書によれば、神武東征において滅ぼされた出雲系・土着の部族は「土雲(つちぐも)」として記紀に記録されたが、その多くは抹殺されるか奴隷的な身分に落とされたとされる。これは「土蜘蛛」という日本古代の蔑称——土地の低い場所に住む原住民的な人々を指す——と出雲系部族の関係を示唆する独自の歴史解釈として展開される。